郵便局のおじさんは9時40分ごろやってくる

日常を怯えて過ごす人間の雑記

病みと排他的な世の中で

20代は、僕にとって空洞の様な時代だった。

大学を中退した直後は、

特に酷かった。

朝起きると、母がうどんを作り出勤、

それを無視して昼まで寝て、

うどんに手を伸ばすが、

伸び切っていて捨てていた。

一日中パジャマで過ごして、

寝てばかり。

夜中に起きて意味もなく泣いたり、

TVや本を読んで朝方に寝るという生活。

その後、

ヘルパーや支援の資格を取ったりして、

なんやかんや派遣でコールセンターに勤務。

社員にあからさまに媚びる人間達や、

絡んでくる高圧的なオヤジ、

病んでいる事を知るなり離れていく同僚。

社会の悪意や斥力を痛感した。

だが、部屋で寝てばかりいた自分より、

少しだけフットワークが付いたのは確かだ。

そこに至るまでの道のり。

まず、朝ベッドから起きてパジャマから着替えて昼夜逆転を矯正。

広場恐怖の克服の為に、図書館や美術館、

講演会などに乗り込んで、

呼吸を整えていった。

それなりの地獄だった。

ただ、ショッピングモールのカフェで知り合った女性との短い日々は良い思い出だ。

海外とのハーフの女子で、

僕の思想に興味を持っていた、というか思考するのが好きな方だった。

神の不在証明をしろと言われた時は辟易したが、証明することと納得させることは全く別である旨を伝えた上で、考察したのを覚えている。

一方で、黒歴史というべきか、

肉体関係のみの付き合いもいくつか経験した。

ある女性は、自転車が趣味でTOEICを受け続ける方で、

話は盛り上がることは無かった。

兎に角、孤独に弱かった当時の僕は、

出会い系経由で、女性の部屋に転がり込んで、

志村けんの深夜コントが流れるTVの横で、

ただただ腰を振っていた。

そんな事もあった。

自分を弾くこの世界で、

もがいていた20代であった。

 

では、また。