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日常を怯えて過ごす人間の雑記

信仰とは心の所作/『デウスの棄て児』嶽本野ばら

タイトルにいきなりネ◯ロ会長オマージュ。

だが、

本当にそう感じた作品。

この作品は、

ちわぷ〜の書評ブログ🐶

ちわぷ〜🐶 (id:chiwawatan)様から、

ご紹介頂いた1冊!

ちわぷ〜さんの書評は拝読するのが心地良く、

時代小説から漫画まで幅広い記事にいつも惹き込まれております。

 

さて、

デウスの棄て児』

島原の乱を著者が新たな解釈で書き、

読む者に衝撃を与える内容でした。

 

〈概要〉

ポルトガルの商人と、その商人に売られた日本人女性との間に生まれた主人公の四郎。

基督を崇めると嘯きながら、

欲に塗れた人間達に囲まれた四郎は、

その造物主に対して憎悪すら抱くようになっていく。

そして、四郎は強かに育ち、

天草四郎として、

切支丹を総て一揆を起こすこととなる。

 

〈総括〉

私事になるが、僕は無神論寄り。

年始から震災で被災者が出たり、

ガザでは、内紛。

無辜の民の命が散り続ける世界で、

絶対神なんかいねぇ。

そう思って生きている。

そんな中で、本作に問われたのが、

信仰とは何か?

 

本作の天草四郎は、

デウスを恨み、怒号を放つ。

信奉者を利用して乱を起こす。

しかし、

死を前にした切支丹の人々は、

四郎に感謝し涙する。

そこには、神が何かをしてくれるとか、

そういった概念は介在しない。

更に四郎も、挑戦という形ではあるもののデウスの存在を意識している。

 

信仰とは、対象が定まったものではなくて、

個人個人の中にある何かではないか。

僕は、そこまでしかうまく言えないが、

胸を打たれた作品だった。

 

〈余談〉

作中の四郎の不思議な力は、

妖術や魔法の類というよりは、その場の環境を利用した現実的な色合いもあり新鮮だった。

 

最後に、いつもコメントを返して下さる、

ちわぷ〜🐶様に、

感謝!

ありがとうございます。

そして、今後とも宜しくお願いします。

 

では、また。