PRINCESS・PRINCESSの楽曲に、
『DIAMONDS』という曲がある。
そして、あの曲にあるような何ともうまく表現出来ないが眩しく愛おしい感情が、
湧いてくることがある。
はじめに気づいたのは10代の頃に友人達と、
ファミレスで喋っていた際のこと。
学生らしき青年が汗をかきながらテーブルを拭いているのを見たとき。
「美しいな」
思わずそう言って、
友人にゲイかよ!
といじられ、
ヘテロだよ!
そう訂正した。
要するに、立場に関係なく何らかのことを、
ひたむきにこなしている方の様子を見ると輝いて映るのである。
頑張っている方を応援したいという感情を更に強化したものとでもいうべきか。
以来、ビラ配りのお兄さんと顔見知りになり軽く話すようになったり、
清掃員の方に力をもらい、
配達員の方の苦労について1人で考えてみたりする時間もできた。
TVや各種メディアで活躍する日向の方々への敬意もある。
話は逸れるが、
個人的な感覚の事について。
汎心論。
万物に心が宿っているという考え方、
物活論ともいうが、
僕はそういう気質である様に感じる。
幼少期から人形に話しかけたりしていて、
今でもそれらを見かけるとピースしたり、
偶像のようなものに異常に感情を向けたりする。
自室の家具にぶつかった時は謝ることだってあるのだ。
この異質な行動を鑑みるに、
自分がフィギュアなどを集めたことがあるのも関係しているのではないか。
そう考える。
結果として、
物を割と大切にしたりするタイプになったので悪いことばかりではないが。
話が見えなくなってきたが、
僕は毎日、祖父母の遺影と、
その傍らの人形に軽く手で挨拶している。
しかも、1日に数十回。
何らかの感情を持っていると捉えての行動かもしれないし、
病理かもしれないという可能性も無きにしも非ずなので紹介させていただいたが、
他者に対しても、
自分の使っている物質や関わりのある無機物にも、
等しく丁寧に接したいという姿勢は、
おかしいであろうか?
そこに敬意がある限り、
きっと、
今どんな苦しい状況に置かれているにせよ、生きているだけで僕にとっては眩しく見える。
では、また。