2016年7月26日
「津久井やまゆり園」
その元職員である植松聖が、
周到な計画のもとに19人を刺殺した。
植松は、生産性の無い者は価値がない、
そういった旨で凶行に至ったようだ。
この考えは、
優生思想的であり、
俗に「植松理論」と呼ばれる。
2020年3月
植松聖に、死刑判決が下った。
生きる価値の無い人間として、
制裁が加えられた訳だが、
司法もまた、
「必要無い人間」を抹消した。
ここで、僕の善悪の概念に揺らぎが生じた。
果たして、自身には植松の様な思想が全く無いと言い切れるだろうか?
思い返す。
「こいつ、使えね〜な」
そう感じて他者を遠ざけた場面がよぎる。
遊び、部活、仕事etc
自分の中にも、植松聖的判断が、
あったのではないか。
視界に影がさす。
そんな自身の揺らぎが、
今もこれからも、
重いテーマとしてある。
では、また。